ブラジルをあそぶブログ  VIVAカリオカ!

執筆、撮影、コーディネート、リサーチなどお仕事の依頼に関しては naoko@wasabi-brasil.comまで。ブラジル、リオデジャネイロ在住15年目のコーディネーター、ライター、カメラマンのパパイア・マンゴー日記。

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ボイ・ブンバ アマゾンの雄牛の祭り  

毎年6月末にアマゾンに浮かぶ島、パリンチンスで3日間に渡って繰り広げられる、ボイ・ブンバ・フォルクローレ・フェスティバル。街中が赤組の「ガランチード」、青組の「カプリチョーゾ」に分かれて応援合戦を繰り広げる。この街では、さまざまなものが、赤と青に塗り分けられている。祭り観戦用の円形劇場ブンボドロモの客席も、2つのカラーで分けられ、青地区にはなんと青色のコカ・コーラの看板が登場する。各家々もそれぞれが応援するチームの色で飾り立てる。空港は平等に2つの色。銀行、公衆電話、すべて赤と青だ。テーマは地元民族の文化。インディオの伝説と北東部の民話が入り交じった幻想的な衣装に音楽に、アマゾン中が熱狂するのだ。



地球丸の記事「青色のコカ・コーラ」はこちらから。



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Posted on 2015/04/01 Wed. 11:10 [edit]

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カーニバル:ガンジーの息子たち  

リオに続いて、その規模の大きさが有名なサルバドールのカーニバル。サンバではなくアシェにアフロ系やレゲエ系音楽などが加わった独特のカーニバルリズムが魅力的。
イヴェッチ・サンガロクラウジア・レイチなどの有名歌手が率いるサウンドカーの周りは、熱狂する人々で埋めつくされ、またオロドゥンに代表されるブロッコが街中を練り歩く。
そしてサルバドールのカーニバルのもうひとつの代名詞は、「フイーリョス・ジ・ガンジー(ガンジーの息子)」と呼ばれるブロッコ。1949年に港湾地区の労働者により、マハトマ・ガンディーの「非暴力」精神にインスピレーションを受けて結成された。白とブルーの衣装の男性で形成されており、その参加人数は1万人以上と、サルバドール最大規模のアフロ系リズムを響かせるグループだ。ちなみにこのグループが首にしている白と青のネックレスは、昨今キスと交換できると大評判。

2015年「フイーリョス・ジ・ガンジー」

2014年のニュース報道に登場した「フイーリョス・ジ・ガンジー」の様子はここ



Posted on 2015/02/17 Tue. 12:27 [edit]

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泥まみれのカーニバル  

リオ・グランデ・ド・スルのSanta Bárbara do Sulの泥カーニバル。
今年で31年目。1500人が泥まみれのカーニバルを楽しむ。
動画は

Posted on 2015/02/16 Mon. 12:43 [edit]

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犬もカーニバル  

もはや伝統的ともなった、リオデジャネイロの犬のカーニバル。
世界有数のペット大国、ブラジルで、衣装に身を包んだ愛犬をかかえて、行進する飼い主が集まるのはコパカバーナビーチ。
今年はバッハ地区でも犬のカーニバルが行われたりしたが、この時期どこにいっても仮装したペットであふれている。

ワンちゃんのカーニバル写真はここ

Posted on 2015/02/15 Sun. 12:30 [edit]

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眠らないストリート、リオ市民の心を歌うカーニバル  

今でこそ世界中で放映されるようになったリオのカーニバル。しかし華やかな山車が登場し、ダンサーが踊り競う、スペシャルグループのカーニバルだけがリオのカーニバルではない。近年はブロッコと呼ばれるストリートカーニバルが人気で、リオ市民がそれぞれ好きな衣装で、カーニバルを楽しむのはこのブロッコで、だ。2014年はリオデジャネイロでは466の大小のブロッコが街を練り歩いた。

そんな中でも、リオ・ブランコ通りは、郊外よりカーニバルを楽しむために集まる人々であふれ、伝統的なブロッコでにぎわう場所だ。リオ・ブランコ通りでのカーニバルは1882年に始まり、1984年に現在のカーニバル会場であるサンボドロムができるまで、リオのカーニバルの舞台となった場所だ。スペシャルチームがパレードを行わなくなった後も、市民のカーニバルの中心舞台として、カーニバル時期には毎年多くの人が押し寄せる。

リオ・ブランコ通りには、何千人と人が集まる、Cordão da Bola Pretaなどの巨大ブロッコも有名だが、根強い固定ファンが多いのがカシッキ・ジ・ハーモスだ。リオデジャネイロ北部のカーニバルブロッコで、1961年に創立。ハーモス地区は、もともとサンバとカーニバルを愛する人々が集う場所だった。このカーニバルブロッコのメンバーがつくったのが、グループ、フンド・ヂ・キンタル。第一次パゴーヂブームの火付け役だ。ゼカ・パゴヂーニョ、ジョルジ・アラガロンなどの有名サンビスタを生み出し、カシッキ・ジ・ハーモスは、まさにブラジルのパゴーヂを生み出し、その象徴としてしられるようになった。また、サンバの女王、ベッチ・カルヴァーリョが肩入れしているブロッコとしても有名。このブロッコは3つのファミリーが集まって創立した。現在も大きな意味でのファミリーブロッコで、このブロッコを愛する下町の人々により支えられている。カシッキとは先住民の首領という意味。カーニバルの日はブロッコ構成員は、インディオの衣装で登場する。また一介のブロッコのサンバ曲がブラジル全土で愛されているのは、このブロッコだけだ。誰もが知るカシッキ・ジ・ハーモスのサンバ。感動に涙を流し、大声で歌いながらブロッコについて踊るリオ市民の姿を見ることができるのもこのカシッキ・ジ・ハーモスだ。
カシッキ・ジ・ハーモスの歴史についてのドキュメンタリーはここ


そしてリオ・ブランコ通りを目指してやってくる、衣装をまとったグループがある。バッチ・ボーラと呼ばれる彼らは、リオデジャネイロ郊外、北部、西部からやってくる。ポルトガル人がもたらしたキャラクターで、いわゆるピエロだが、おしゃぶりを口にくわえ、手にもつボールで足元をたたき、音を出して人々を驚かせながら歩く。リオ郊外とリオ・ブランコ通りで彼らの姿を見ることができる。


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カーニバル期間中、リオ・ブランコ通りでは、24時間人があふれ、衣装コンテストなどのイベントが繰り広げられ、ブロッコがひっきりなしにパレードする。まさに眠らないストリートなのである。
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Posted on 2014/11/01 Sat. 07:38 [edit]

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