ブラジルをあそぶブログ  VIVAカリオカ!

執筆、撮影、コーディネート、リサーチなどお仕事の依頼に関しては naoko@wasabibrasil.comまで。ブラジル、リオデジャネイロ在住17年目のコーディネーター、ライター、カメラマンのパパイア・マンゴー日記。

----

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Posted on --/--/-- --. --:-- [edit]

CM: --
TB: --

0510

ボサノヴァは過去の音楽?  

50年代後半にブラジルのポピュラー音楽に大革命を起こした、ボサノヴァ。現在でも世界中で愛され続けているが、実はブラジルでは過去の音楽という見方が強い。実際ボサノヴァが生まれた土地であるリオデジャネイロでは、毎日のようにボサノヴァ生ライブがある店は一軒のみで、客数の半分以上が外国人観光客だ。しかしその音楽がムーブメントであったのと同様に、ボサノヴァもその誕生から今日まで姿を変え音楽シーンに影響を与えてきた。

スポンサーサイト

Posted on 2015/05/10 Sun. 12:20 [edit]

CM: --
TB: --

1215

ノエル・ホーザ リオのソウル・ミュージック  

サンバの詩人、ノエル・ホーザ。
鉗子分娩で生まれており、また生まれたときから病気を患っていた。ヴィラ・イサベル地区でヨーロッパ系の中流階級の家に育ち、生涯この地区を愛したミュージシャン。サンバとビールをこよなく愛し、入学した大学の医学部も途中退学。ノエルを一躍有名にしたのは、1930年に録音された「Com que roupa?」。2006年の映画「Noel - Poeta da Vilaノエル・ローザ ヴィラの詩人」では、この曲がブラジル国歌にインスピレーションを得て作られたことを説明している。


叙情的で繊細なノエルの歌は1930年代、ラジオやレコードの浸透と共に、多くの歌手によって歌われた。10年足らずの間に発表した作品は、200曲以上にのぼり、その多くが今もカリオカに愛され続けている。ボサノバの巨匠、アントニオ・カルロス・ジョビン、ジョアン・ジルベルトは、ノエルの作品を録音した有名ミュージシャンの一例である。

その後も多くの曲を送り出したノエルだが、女性問題の多さでも有名だ。多くの既婚女性の愛人として名をはせた後、上流階層の女性と結婚するが、実は愛していたのはラパ地区の娼婦の女性だったという。愛人としての彼女をたたえる曲「Dama do Cabaré」はあまりにも有名だ。サンバにビール、女性と、夜の街を徘徊したノエルだが、長く結核を患っていた。ミナス州で療養するものの、リオデジャネイロに戻った後、26歳の若さで亡くなる。

今でもヴィラ・イザベルには、ノエルを思い起こす多くの場所が残っている。
レストラン・カペリーニャ:ノエルが通ったレストラン
石畳の模様:
ノエルの銅像;






Posted on 2014/12/15 Mon. 02:32 [edit]

CM: --
TB: --

1201

コンゴの王様をたたえる、ブラジル北東部の伝統音楽  

マラカトゥ・ナサァンはペルナンブコ州の伝統音楽で、先住民、ヨーロッパー、アフリカの文化が交じり合ったもの。北東部のカーニバル音楽を代表するもののひとつだ。1711年にオリンダでコンゴ国王をたたえるために、演劇、音楽、ダンスを合わせたのが始まりとされる。マラカトゥの意味としてはいくつかの説があるが、maracáはアメリカのインディオの打楽器の名前、catuはよいという説や、ブラジルのインディオのトゥピイ語で美しい闘いという説がある。またマラカトゥは、アフリカ宗教とキリスト教が混ざったカンドンブレから誕生したという説もある。カボクロ(土着人、先住民の意も)のためのBronzeado王 、アフリカから来た黒人のためのNegro 王、ポルトガル人 のためのBranco王、というように登場人物からみても、3つの文化が混合していることが分かる。

主な登場人物:王様、女王様、王のベール(マント)を持つ人、、女王のベール(マント)を持つ人、王子、皇女、大臣、大使、公爵、公爵夫人伯爵、伯爵夫人、家臣、damas-de-paço(人形を持つ人)、旗手、奴隷、王冠を運ぶ人、トランペット吹き、秘書、騎兵、brasabundo(兵士)、打楽器演奏者、カボクロ



Posted on 2014/12/01 Mon. 11:46 [edit]

CM: --
TB: --

0201

Carinhoso  

マリーザ・モンチと、パウリーニョ・ダ・ヴィオラが歌う、ショーロの作曲家、ピシンギーニャの代表作「Carinhoso」。


Posted on 2012/02/01 Wed. 03:13 [edit]

CM: --
TB: --

0124

Desterro  

Comadre Fulozinha



コマドレ・フロジーニャは、ブラジル北東部の神話にでてくる、狩人から森を守る髪の長いカボクロのこと。(カイポーラ、クルピーラとは別物)森で道に迷い朽ち果てた子どもの精霊が原点だとする説もある。さて、そんな伝説の存在をバンド名にしたコマンドレ・フロジーニャは、1997年創立のレシフェのバンド。ココ、バイアン、シランダなどがミックスされたノルデスチのリズムが特徴。

Posted on 2012/01/24 Tue. 10:27 [edit]

CM: --
TB: --

最新の記事

カテゴリー

プロフィール

ブロとも申請フォーム

▲Page top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。