ブラジルをあそぶブログ  VIVAカリオカ!

執筆、撮影、コーディネート、リサーチなどお仕事の依頼に関しては naoko@wasabibrasil.comまで。ブラジル、リオデジャネイロ在住17年目のコーディネーター、ライター、カメラマンのパパイア・マンゴー日記。

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眠らないストリート、リオ市民の心を歌うカーニバル  

今でこそ世界中で放映されるようになったリオのカーニバル。しかし華やかな山車が登場し、ダンサーが踊り競う、スペシャルグループのカーニバルだけがリオのカーニバルではない。近年はブロッコと呼ばれるストリートカーニバルが人気で、リオ市民がそれぞれ好きな衣装で、カーニバルを楽しむのはこのブロッコで、だ。2014年はリオデジャネイロでは466の大小のブロッコが街を練り歩いた。

そんな中でも、リオ・ブランコ通りは、郊外よりカーニバルを楽しむために集まる人々であふれ、伝統的なブロッコでにぎわう場所だ。リオ・ブランコ通りでのカーニバルは1882年に始まり、1984年に現在のカーニバル会場であるサンボドロムができるまで、リオのカーニバルの舞台となった場所だ。スペシャルチームがパレードを行わなくなった後も、市民のカーニバルの中心舞台として、カーニバル時期には毎年多くの人が押し寄せる。

リオ・ブランコ通りには、何千人と人が集まる、Cordão da Bola Pretaなどの巨大ブロッコも有名だが、根強い固定ファンが多いのがカシッキ・ジ・ハーモスだ。リオデジャネイロ北部のカーニバルブロッコで、1961年に創立。ハーモス地区は、もともとサンバとカーニバルを愛する人々が集う場所だった。このカーニバルブロッコのメンバーがつくったのが、グループ、フンド・ヂ・キンタル。第一次パゴーヂブームの火付け役だ。ゼカ・パゴヂーニョ、ジョルジ・アラガロンなどの有名サンビスタを生み出し、カシッキ・ジ・ハーモスは、まさにブラジルのパゴーヂを生み出し、その象徴としてしられるようになった。また、サンバの女王、ベッチ・カルヴァーリョが肩入れしているブロッコとしても有名。このブロッコは3つのファミリーが集まって創立した。現在も大きな意味でのファミリーブロッコで、このブロッコを愛する下町の人々により支えられている。カシッキとは先住民の首領という意味。カーニバルの日はブロッコ構成員は、インディオの衣装で登場する。また一介のブロッコのサンバ曲がブラジル全土で愛されているのは、このブロッコだけだ。誰もが知るカシッキ・ジ・ハーモスのサンバ。感動に涙を流し、大声で歌いながらブロッコについて踊るリオ市民の姿を見ることができるのもこのカシッキ・ジ・ハーモスだ。
カシッキ・ジ・ハーモスの歴史についてのドキュメンタリーはここ


そしてリオ・ブランコ通りを目指してやってくる、衣装をまとったグループがある。バッチ・ボーラと呼ばれる彼らは、リオデジャネイロ郊外、北部、西部からやってくる。ポルトガル人がもたらしたキャラクターで、いわゆるピエロだが、おしゃぶりを口にくわえ、手にもつボールで足元をたたき、音を出して人々を驚かせながら歩く。リオ郊外とリオ・ブランコ通りで彼らの姿を見ることができる。


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カーニバル期間中、リオ・ブランコ通りでは、24時間人があふれ、衣装コンテストなどのイベントが繰り広げられ、ブロッコがひっきりなしにパレードする。まさに眠らないストリートなのである。
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Posted on 2014/11/01 Sat. 07:38 [edit]

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